再び、愛宕る。

愛宕神社に行ってきた。前回から3年以上たっていたのか…。けっきょくあれから千日詣でに行く事はなかったが、ご朱印集めにはまり、週末になれば近畿圏内を走り回って今に至っている。俺が寺社周りをするきっかけの一つでもあるここに、こないだから急にお参りしたくなった。
前回行ったときはどえらい目にあったので、今回は少しまともないでたちで行く。靴をコンバースタイプでなく、トレッキングシューズみたいな靴底がゴツゴツしたタイプにした。あと、シャツはもちろんドライシャツ。汗、半端なくかくだろうからな。その程度である。前回は雪が積もっている中を歩いたんやぞ!それに比べたら…ましか?


嵐山のさらに奥。清滝に入る清滝トンネル。こんな狭いトンネルだが、バス路線だったりする。


さぁ、ここから愛宕神社への道スタートだ。


鳥居を抜けてすぐに、ケーブルカーの路線跡がある。昭和初期には愛宕山鉄道として、清滝から愛宕山へのケーブルカーのほか、嵐山から清滝間に電車路線もあり、愛宕山内にはホテルやスキー場、遊園地などもあったという。しかし戦争で廃線にされ、線路は金属供出で持っていかれ、ホテルや遊園地も閉鎖してしまった。それらの名残を納めたサイトがあった。廃線跡から行くコースは上級者向けなので、シロートは普通に表参道をいきましょう。表参道でもきっついですから。


この愛宕山、入り口から2000メートルくらいはこんな感じの急な坂が延々と続く。これはまだ石段があるだけましで、雑然と石ころがつんであるだけの場所もある。すっころびそうになる登山客が多数見られた。


この看板が何箇所かで見られた。書いてある事は決して伊達ではないのだ。
あと、普通のジーンズはいていたが、7分丈ぐらいのにしとけばよかった。トランクスまで汗でべちょべちょで気持ち悪いったらありゃしない。寺社回るときも、奥の院に参るときなんか結構歩くことが多いから、トレッキング用のズボン買ったほうがいいかしら。とても写真を撮っている余裕なんかなく、


2000メートル付近でちょっと平坦な道になる。汗がどんどん引いていく。


7合目の休憩場から見た京都市内。ここからかわらけ投げが出来たのだそうな。


頂上付近になると、また坂が急になる。何が「がんばり坂」じゃぁ!


こうして1時間30分近くかかってようやく黒門にたどり着く。愛宕神社は江戸時代までは白雲寺という神仏習合の寺だったのだ。その唯一の名残がこの黒門である。



黒門を過ぎたてしばらく歩くと、灯篭が立ち並ぶ境内に入る。自販機はひとつしかなく、ポカリが300円ですよ、あーた。


社務所の隣にある、二つ連なったお社。左は好庵社。中川好庵(なかがわこうあん)という方が祀られているが、詳細はググってもわからん。右が慶俊社。愛宕山を中興した慶俊僧都を祀る。


最後のシメとばかりに、これまた急な階段が立ちふさがる。全く、とことん歩かされる神社である。


階段の途中にある稲荷社。


そして、ようやく着きましたよ!鉄の鳥居に、神門。で、社殿まではもうちょっと歩くんじゃ。


神門を過ぎると、右手に道がある。白髭社へ通じる道だ。鳥居の扁額には「白髭明神」と書かれていたが、祀られているのは、左から白浪社、白髪社、修羅髭社…となっている。調べたが、よくわからない。白髭明神は猿田彦神のことらしく、この3社は同神なんだろうか。



そして、ようやく、ようやく社殿の前に辿り着きました。所要時間2時間かかりましたよ!あ、手水場で手を洗って…と。

でも、社殿内部はうまく取れなかったので、うpしません。フラッシュ使わなければならないほど、暗いんですよ。出来ればフラッシュ使いたくなかったので無理して撮ったけど、ピンボケしまくりでダメだこりゃ。


でも、中庭にあった摂末社はうまく取れたのでうpします。右が神明社で、天照大神を祀っている。左が熊野社 -。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祀っている。

とりあえず、文章で説明すると、社殿入り口はいると、右手に休憩所、左手に社務所がある。ここでご朱印やお札がもらえる。真正面に短い通路をへて、本殿がある。ここに祀られているのは(看板の文字ママ。読み仮名筆者追記)

  • 稚産日命(わくむすびのみこと) 生産水の神
  • 埴山姫命(はにやすひめのみこと) 土の神
  • 伊邪ナミノ尊(いざなみのみこと)
  • 天熊人命(あめのくまひとのみこと) 稲司の神
  • 豊受姫命(とようけびめのみこと) 五穀の神

天熊人命について調べると、天照大神保食神(うけもちがみ)に遣わせた第二の使者である。行った時には既に死んでいた。第一の使者、月夜見尊(つくよみのみこと)保食神にご馳走を振舞ってもらったときに、保食神は口から米や魚を出したという。その光景にブチギレた月夜見尊保食神を切り殺してしまったのだ。天照大神は大層怒って、月夜見尊の顔なんか見たくないといって以来、昼と夜とに分けてしまう。昼と夜が出来たのはそういうわけなのだ…と日本神話。
天熊人命の話に戻そう。んで、天熊人命が行った時には保食神は死んでいたんだけど、その死体の頭やらへそからいろんな穀物や生物が出てきた(えらい猟奇的な展開やな…)。それらを天照大神の下に持ち帰ったといわれている。

本殿の右手には古いお札を納める納札所があり、左手には若宮へ向かう道がある。若宮に祀られているのは(これも看板の文字ママ。読み仮名筆者追記)

  • 雷神
  • 迦倶槌命(かぐつちのみこと) 火の神
  • 破無神(はむのかみ) 土の神 ←wikipediaでは「破无神」と表記。

である。破無神(はむのかみ)についてはよくわからんが、神虫(しんちゅう)じゃね?という意見もあった。鬼を食らう虫である。

若宮の左手奥にさらに通路がある。奥宮社である。祀られているのは以下の通り。

  • 厳島社 市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(おきつひめのみこと)
  • 水分社 罔象女命(みずはのめのみこと)
  • 護王社 和氣清麻呂(わけのきよまろ)
  • 太郎子社 不明一神
  • 大国主社 大国主命(おおくにぬしのみこと)
  • 司箭社 不明三神
  • 日吉社 大己貴神(おおなむちのかみ)、大山咋神(おおやまくいのかみ)
  • 春日社 建御賀豆智命(たけみかつちのみこと)、伊波比主命(いはひぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比賣神(ひめがみ)
  • 蛭子社 事代主命(ことしろぬしのみこと)

祀られている神々はここで参照。まぁ、有名な神社の末社が揃い踏みという感じですな。よくわからんかったのは、太郎子社と司箭社。太郎子社はさっぱりわからない。司箭社は、司箭院興仙という戦国武将で山伏でもあった人物を祀っているのではないだろうか…確証はないけど。

そして、お札もゲットし、1時間以上かけて山を下りたわけですわ。12時過ぎに山に入って、帰ってきたのが15時半!おいそれとは行けませんぜ。