グダグダな満願。

滋賀県をまわってきた訳ですわ。タイトル通り、一つの霊場が満願になる。西国愛染十七霊場である。そのついでに、周辺のほかの札所も回ったが、これが難儀したわけで…。



  • 西教寺:神仏霊場巡拝の道・第百四十八番(滋賀十六番)札所。山号は戒光山(かいこうさん)、本尊は阿弥陀如来だ。
    何故か本堂の画像を撮っていなかったので、wikipediaから引っ張ってきたことをあらかじめご了承願いたい。実はここ、塔頭寺院もいくつかあって、大変広い伽藍だったけど、今日はあちこち回りたかったので、主だったところしか回っていない。次回行くときはちゃんと見て回ろう。客殿もちゃんと金支払ってみるし。


    山門。


    宗祖大師殿とその前の唐門。この寺の中興した真盛上人が祀られている。西教寺天台真盛宗の総本山で、末寺は400にものぼるとwikipedia


  • 日吉大社:神仏霊場巡拝の道・第百四十九番(滋賀十七番)札所。上の画像の西本宮には大己貴神大国主命)、下の東本宮には大山咋神がご宰神として祀られている。
    この神社、むちゃくちゃ広い…本宮が2つもあるくらいだし、摂末社もたっぷりある…。こりゃぁ、全部まわってたら、他のところへ行けないやと判断し、ここも主だったところだけお参りし、写真に収めた。今度、滋賀に行く際にはまたお参りしてやる。こんなんばっかりや。


    西本宮の楼門。


    西本宮の拝殿と本殿。


    摂社・宇佐宮。宗像三女神のひとつ、田心姫神(たぎりひめ)を祀っている。日吉大社内には5つの摂社があって、本宮と合わせて日吉七社とも山王七社とも呼ばれている。とりあえず、その七社だけ観て回る。


    摂社・白山宮。菊理媛神(くくりひめのかみ)が祀られている。現在、日吉大社は境内の改修工事が行われていて、お社が工事の足場で囲まれているのが散見された。


    左が摂社・三宮社逢拝所。鴨玉依姫命の荒魂を祀る。右が摂社・牛尾社逢拝所。大山咋神の荒魂を祀る。この二つは奥社であり、この逢拝所から山登りせなあかん。時間がないので見送り。


    東本宮の楼門と拝殿。

    東本宮内にある摂社・樹下宮。鴨玉依姫命を祀っている。

ちょうどお昼になった。テキトーにラーメンを食ったが…普通の味だった…。


  • 覚性律庵(オフィシャルサイトもwikipediaもない西国愛染十七霊場のサイト参照。):西国愛染十七霊場・第九番札所。山号は寺尾山(北斗山とも呼ばれる)。本尊は阿弥陀如来だが、大きい画像は札所本尊の愛染明王が納められた法雲堂(愛染堂)。
    1715年に得善なる僧がこの地に庵を結んだことが開基と言われている。宝暦年間に大為和尚とその弟子である礎石と覚念が伽藍を整えたが衰退し、昭和51年まで廃寺同然だった。その年に、比叡山で修行を積んだ澄道阿闍梨が再興し、現在の伽藍になったという。
    着いたときには、社務所には誰もいなかった。境内の草むしりをしているおばさんがいたので、あの人がスタッフなのかな?この時点でおばさんにご朱印帳渡しとけばよかったと後々思う…。


    入り口の階段を上ってすぐにある地蔵堂


    水掛不動。


    本堂。元々は薬師寺にあった建物で、明治の廃仏毀釈以降、神奈川県大磯の三井家の別荘に移築されていた。それをここに移築したという。ちなみに、愛染堂、妙見堂もそうである。


    妙見堂。妙見菩薩が祀られている。菩薩の周りを歳の数だけ時計回りに回るとよいんだと。


    不動堂。
    一通りお堂を廻ったので、ご朱印を頂こう…ありゃ、やっぱり社務所には誰もいない。本坊らしき建物があるから、チャイムを押す
    …ピンポンピンポンピンポーン…
    無反応。何度押しても無反応。留守だろうか…。ネットで電話番号を調べて、電話してみる
    …ピポパポピピピ…プルルルル…プルルルル…
    社務所の電話が鳴っていた。本坊に転送する様子もない…困ったぞ、これではご朱印が得られない…とりあえず30分ほど待ってみるか。本堂に行き。お堂の前に座って待つ。猛暑だ何じゃと言っても、日陰になれば涼しい。
    ボヘーッとする時間やら、思考する時間も必要なんだが、こういう場所でやるべきでしょう。職場や、まして自分の部屋だけでやることでもない…うわっスズメバチ!いそいそと退散。
    結局、20分弱待ったが伽藍は静まり返っている。あ、そうだ。さっき草むしりしていたおばさんに聞いてみよう…探したら、数メートル先の駐車場にいた。事の旨を伝えて、おばさん本坊へ行く。しばらくして、つるつる頭の人が。なんだよ、いるじゃねーか!奥にいて気づかなかったとかそういう問題じゃねーだろ!とか説教したかったが、奥にとどめて。
    せっかくの満願なのに、若干気分を害してしまう。次行こ次行こ。


  • 無動寺明王(オフィシャルサイトもwikipedeiaもない。近畿三十六不動霊場サイトこちら参照。):近畿三十六不動霊場・第二十六番札所。山号比叡山
    比叡山にあるのだが、超有名な東塔も横川もすっ飛ばして、ここに来た。
    ここは、車で行くことができない。坂本ケーブル滋賀県側にあるケーブルカー)延暦寺駅近くの駐車場に車を停めてから、十数分かけて徒歩で向かわなければいけない。今日は散々歩いてきたので、ここに来てきっついなぁ、おい!でも行くのである。
    無動寺は、比叡山の修行でも特に厳しいとされる「千日回峰行」の拠点になっている。深夜の2時に起きて、真言を唱えながら比叡山内のお堂や日吉神社など約260箇所を徒歩で巡る。距離にしておおよそ30km。
    それを1~3年目は100日、4,5年目は200日これを行う。700日に達したところで、「堂入り」といって、無動寺明王堂で9日間飲まず食わず不眠不休で不動明王真言を唱え続ける行をおこなう。6年目に100日+京都の赤山禅院への往復(合計60km)も加わる。7年目に最初の100日は京都大廻りと称して84km徒歩で寺社を廻り、最後の100日に再び比叡山内を巡って終わる。
    …と、聞いただけでも途方もない修行である。比叡山の長い歴史の中で、過去にこの行を終えた者が記録に残っているので49人*1、さらにそのうち2回行った者が3人(そのうちの一人が酒井雄哉大僧正である。)であることからも覗える…。


    手水場。前述の「堂入り」の際には、毎日深夜2時に閼伽井(あかい)から水を汲んできて不動明王にささげるのだが、ここはその閼伽井ではないのであしからず。


    大乗院。若かりし頃の親鸞がここで修行していた。ここには親鸞作の蕎麦喰い木像がある。当時親鸞は京都の六角堂へ修行に通っていた。その留守中にとある僧に振舞われた蕎麦を、親鸞に代わって食べたという伝説がある。


    扁額には「大聖不動明王」と書かれたお堂。


    無動寺弁才天。弁財天を祀っている。無動寺を開いた相応和尚を守る為に白蛇として出現したと伝えられている。ここでも弁才天ご朱印が得られる。

滋賀は、おいそれとはいけないので、いずれはゆっくり回りたいものである。

*1:2012年7月16日追記:現在は50人